よくある質問をまとめました
太極拳って何、という質問をすると、「公園とかでやってるゆっくり動くやつでしょ」っていう答えが返ってくることが非常に多いです。外見から見るとその通りなのですが、太極拳を学んでみようかと興味を持ってくださった方には、もう少し色々な面から太極拳を知っていただきたいと思い、「よくある質問」をまとめてみました。
師匠について教えてください
現在70歳、29歳の時に健康上の理由から、医者に太極拳をやるように勧められて、先代の師匠、黄祖荫(Wong Choo Yam)に入門。依頼、先代の師匠が他界するまでの27年間、家族同様の生活を送りながら、呉式太極拳の指導を受ける。
2016年に、呉式太極拳を専門に教えるために、「敬武術学院(Jing Wushu Academy)」を設立。多くの弟子、生徒を抱え、日々後進の指導に当たる。
学院設立時の師匠の言葉については、Our Sifu — Jing Wushu Academyをご参照下さい。
太極拳ってそもそもどんなものですか?
銭育才氏の「太極拳理論の要諦」によると、「中国武術の一種で、”太極”という根本理念を全ての指導原則とする拳法」ということです。この説明を理解するためには”太極”っていう言葉の意味がわからないとどうしようもないです。
”太極”を理解するためには、老子の道徳経や易経を読む必要があります。元々中国では古くからいろいろなことを考える際の根底にある概念なので、彼らにとっては身に染みついた概念なのかもしれませんが、日本人にとってはそんなことはありません。内容が理解できなければ、拳法への応用も望めません。
では、”太極”を理解しないと太極拳は始められないのか、っていうとそんなことはないと思います。まずは身体で体験してみる。身体を動かし、足腰の基礎を作りながら、ひょっとしたらこんなことなのかな、って感じてみるようなアプローチで良いと思います。
何か新しいことを学び始める時、その内容の「定義」から始めることは多いですが、学び始めた時に理解した定義と、ある程度学習が進んだ後の定義は、似て非なるものになっていることがままあります。
始める時は、「公園とかでやってるゆっくり動くやつでしょ、何がいいのかよくわからないけど、健康にいいらしいからやってみようかな」程度の軽い気持ちで始めていただければいいかと思います。
太極拳には様々な流派があります。こんな逸話があります。100人の太極拳実践者がいるときに、そのうちの1人が電球を取り替える作業を行いました。残りの99人は、「うちの流派ではそういう方法ではやらない」というそうです。
あまたある流派の中でも、日本で比較的よく耳にするのは、陳式、楊式、呉式の三つです。これに孫式、武式を足した5つを五大流派と呼びます。
陳式は、最も古い流派で、緩やかな動きの中にも時折力強い動きが入ることが特徴です。
楊式は、現在では最も普及している流派で、大きく伸びやかな動きに特徴があります。陳式を学んだ「楊露禅」が創始者として始めた流派です。
呉式は、楊式を学んだ呉全祐が息子の呉鑑泉とともに作り出した流派です。特徴は動きが小さく、コンパクトなことです。手足を広げた時でも基本的には身体の脇の線よりも外に出ることはありません。小さな動きでいかに効率よく防御、攻撃を行うかを追求します。
いろいろある流派からどれを選べばいいのでしょうか?
あまたある流派の中から何を選んだら良いのか、どんな基準で選んだら良いのか、というのは難しい問題です。
インターネットが発展する前、もっと以前の交通手段が発達する前においては、近所に師範がいる流派を学ぶしかありませんでした。近所に学べる師範がいなければ、師範のいるところに出向く(引っ越す)しか方法がありませんでした。
現在においても、基本的には通える範囲にいる師範に直接学べる流派を選ぶのが最適だと考えます。その師範の人柄・教え方が良くて、教室の雰囲気がよければなお良いと思います。学び続けるための原動力になります。
シンガポールでは、流派を選んだ上で、どの師匠につきたいか、という選択肢もあるようですが、それでも住んでいるところの近所で教えている人に偏る傾向はあるそうです。
最近はオンラインで教える方も増えてきているようですが、私自身は物理的な修正なしに正しい動きを教えることはできないと考えています。したがって、流派選び、師範選びには、地理的な制限は未だ切り捨てることのできない制限だと考えます。
套路もいろいろとあるようですが、何が違うのでしょうか?
様々な套路が存在します。よく目にするのが数字がついているものです。24式、32式、48式、108式などなど。これは套路に含まれる動作の種類による分類です。24式というと24種類の動きが含まれていることになります。必ずしも24個の異なる動き、というわけではありません。特に数が大きい場合には、同じ動作が繰り返し出てくることもよくあります。
上記に述べたそれぞれの流派の開祖から引き継がれている套路は通常比較的長く、動きも複雑で習得が難しいことが多いです。こういった性格をもつ「伝統拳」に対して、太極拳を一般大衆に普及させるために中国政府が作り出した「制定拳」と呼ばれるものが存在します。
「制定拳」のうち最も歴史が古く、最も普及しているのが「簡化24式太極拳」です。健康促進を目的にしていることから、日本におけるラジオ体操と同じような位置付けにあると理解しても良いでしょう。ただ、簡化24式も武術である太極拳を元にしているために、単なる表面的な動きではなく、武術的な意味合いもしっかりと残っています。
流派も套路の種類も数多あります。いろいろなものが存在すると、より多く学びたいと考えるのが人の性だと思います。
呉式太極拳だけでもきちんと学ぼうとすると10年単位の時間がかかると思います。逆に10年経ってもまだ学ぶものがあると思える師範に出会えた方が幸せなのかもしれないです。
太極拳は続けたいけど、最近やることがマンネリになってきて新しいことを学びたい、という方は結構多いと思います。続けることは非常に重要なことなので、それが原動力になるのであれば、新しいことに挑戦しても良いと思います。
ただ、できればある程度は一つの内容を自分のものにしてから次に移った方が良いと思います。それぞれの流派はそれぞれの個性を持っています。
シンガポールで教えていた学校でも、以前楊式を学んでいらした生徒さんが何人かいました。その方々は、楊式を辞めて、呉式一本に乗り換えられていました。でも、何度修正しても楊式の癖はなかなか抜けないものです。
太極拳は心身を健康にするための媒体だと割り切ってしまえば、百貨店のように様々な流派をレパートリーとして揃えるよりは、一つのことをじっくりと学んで自分のものにしていった方が良いのではないかと私は考えています。
太極拳ってどんな効果があるのでしょうか?
太極拳の効果は様々なものがあります。自分が習得できたレベルによって、得られる効果も異なります。教える方針によっても得られる効果は異なると思います。
当校の場合、太極拳を初めてまず初めに感じられる効果として目指しているものは、足腰の強化です。長く歩いても疲れない、階段を登っても息切れがしない、そのための筋力をつけることが初期の目的になります。これは、数週間で比較的簡単に感じることのできる効果です。
ただ、注意していただきたいのは数週間で感じられるようになったものは、トレーニングを辞めてしまうと驚くほどのスピードで失われます。シンガポールでは旧正月の時期に2週間程度学校がお休みになるのですが、ほとんどの生徒さんはこの期間にトレーニングをお休みしてしまうため、再開した際に改めて足腰のトレーニングを行う必要があります。
当校がミッションとしている「100歳まで自分の足で歩く」ことは、この延長にあります。
比較的感じやすい効果として、肩こりの解消も挙げられます。太極拳のゆっくりとした動きは、身体の余分な力を抜くことを目的の一つとしています。肩こりは、特定の筋肉の緊張が大きな原因の一つだと考えられます。本校の基本トレーニングを行いながら、ゆっくりとしたペースでのんびり体を動かすことが筋肉の余分な緊張を解きほぐします。
肩こりのもう一つの大きな原因はストレスです。のんびり動くことで身体だけではなく、心もリラックスすることで肩こりを原因から解消していくことにつながります。
姿勢がよくなることも大きな効果の一つです。普段はなかなか意識できないことですが、人は立っているだけでも余分な筋力を使っていることがよくあります。よくあるのが、足の裏のつま先がわに体重がかかり気味で全身が少し前傾していることです。この姿勢だと前腿に余計に負担がかかって、長い時間経っていると膝痛につながることがよくあります。
太極拳ではスムーズにまっすぐな姿勢で動きをするために、体重をどこにかけるかを重視します。不必要な筋力を使わず、まっすぐな姿勢を維持するトレーニングを繰り返す結果、姿勢が改善します。
姿勢が改善され、猫背が治ると、呼吸が深くなることがよくあります。深い呼吸は精神的なリラックスにつながります。また、しっかりと酸素を取り込むことで、脳により多くの酸素が行くようになり、痴呆症予防になるとも言われています。
痴呆症予防という観点から見ると、太極拳は単なる表面的な運動ではなく、様々なことを覚えなければいけないため、痴呆症の予防につながります。当校の場合だと108のステップを覚えなければいけないですし、動きの背景、理論的な背景等々、身体だけではなく、頭も多く使います。
ここにあげた効果は比較的容易に感じやすいものにとどめてあります。表面的な動きだけではなく、内面の動きもリラックスさせることでさらにストレスを減らすこと、全身をリラックスさせることで個々の体の部位がどんなふうに動くのか、どの筋肉をどのように動かすのが効率的なのか、身体の中の様々なバランスをきちんと維持することで免疫性を高め医者いらずの体を目指していくことなど得られる効果は非常に多くあります。
始めるにあたって準備しなければいけないものはありますか?
用意するものは、動きやすい服装(Tシャツとトレーニングパンツ)と底が平らな靴です。
靴に関しては、足の裏にかかる体重をできるだけ均等にしたいので、踵が高くなっている靴は避けた方が良いです。靴下や裸足でやるのはあまりお勧めしません。靴下は足の裏が滑ってしまって、きちんと動けないことが多いです。裸足の場合、短い時間であればできなくはありませんが、40分の套路をやるとなると足の裏の皮膚が持たない可能性が高いと思います。
靴は太極拳専門のものでなくても全く構いません。昔であれば、学校ではく上履きや体育館履き、で十分だったと思うのですが、最近ではこれらの靴も踵が結構高いかっこいい作りになっているようです。むしろ安めの靴の方が底が平らだったりするのではないでしょうか。
太極拳ってYouTubeを使って学ぶことはできないのでしょうか?
目的によると思います。表面的な動きを学んで終わりにするのであれば不可能ではないと思いますが、個人的にはあまりお勧めしたくありません。
いつも教室で教えていて思うのですが、何かを教えると、生徒さんたちは自分の経験に基づいて主観的に解釈をして、自分のものにしようと試みます。ある動きが自分の知っている動きに似ていると考えると、自分の知っている動きと同様の動きをすることで正しくできていると思ってしまう傾向があります。
教室で修正を繰り返さなければいけない理由の一つはここにあります。謝って根付いてしまった主観的な解釈を、教える立場にある人間が一つ一つ紐解いていきます。「主観的な解釈」は、多くの人が「正しい」と思い込んでいます。したがって、これを直していくのは本当に地道な作業です。なぜ誤っているのかをきちんと理解してもらう必要があります。
太極拳の動きの中には、過去に経験したことのない動き、似ているけど非なる動きがたくさん存在します。なので、「主観的な解釈」が間違った解釈になる可能性がかなり高いと思います。
YouTubeからの学びは、まさにこの「主観的な解釈」に頼った学びになります。太極拳は正しく動いていかないと、そして表面に現れない内面の動きを学んでいかないと、十分に身体に良い効果を及ぼさない可能性が高いと思います。それどころか、正しくない動きを続けることで、膝や腰を痛めることにもつながりかねません。
弟子にはどんな種類がありますか?
呉式太極拳の特徴の一つに弟子制度があると聞いたことがあります。ほかの流派を習ったことがないので本当かどうかはしりませんが、少なくとも呉式には、師匠及び先代を敬い、技の継承をしていくために弟子を取ります。弟子には二種類あります。詳細は下記をご覧ください。